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Mind Field - 003
「 NOBORU HINO 」
WHEELは回り続ける

スケートボードから自転車へ


スケートボードをしていて、自転車に興味を持ち始めたきっかけは何ですか?


 やっぱり「GOLDFISH(ゴールドフィッシュ:スケートショップ)」かな。最初は全然興味なかったんだけど、ピストが流行った頃に先輩からめちゃくちゃ安く譲ってもらった自転車に乗っていて、でもすぐ飽きてしまって、ただの移動手段になっていた。

東京に来て「チャリ欲しいなぁ」と思った時、昔かじった知識で中古パーツを適当に買い集めて、ちょっと触れるくらいの経験はあったから自分で組んで乗れたんだよね。そんな時、ゴールドフィッシュに置いてある自転車がなんとなく格好いいなと思うものがあって。

実際にそこで買ったわけじゃないけれど、当時は通勤の移動手段として自転車が一番速かった。電車だと遠回りになるし。だから時間に合わせて家を出ていたんだけど、ある朝パンクしていて「うわ、やばっ。間に合わんやん!」ってなって。そこから「もう1台買うか。そういえばゴールドフィッシュに格好良いのがあったな」と思い出した。

それが古いマウンテンバイクで、「じゃあ自分で探して買ってみよう」とヤフオクで見つけて購入。少しきれいにしてカスタムして乗ったら、それがすごく楽しくて。そこから徐々に気になることが増えていった。

調べていくと、マウンテンバイクのカルチャーはスケートに似ている。70年代のヒッピーがボロい自転車を改造して、山を下るタイムを競い始めたのが発端らしくて、「意外とヒッピーなんや。もっとスポーティなイメージがあったけん」と驚いた。スケーターに通じる親近感があって、どんどんハマっていった。いじるのも楽しかったし、当時は本当に夢中だった。



ゴールドフィッシュにあった自転車を買わず、自分で探して買った理由は?


 単純にお金がなかったから(笑)。基本、スケーターってお金ないでしょ。







お店を始めるまで


移動手段として自転車を使っていたけれど、「お店をやりたい」と思い始めたのはいつ頃?


 スケートショップをやりたい気持ちは、高校生の頃からずっとあった。東京に出てきたのも、そのため。地元でやりたい気持ちもあったけど、「どうせやるなら一回東京に出たほうがやりやすそう」と思ってね。当時はシーンのことも全然わかっていなかったけど、それでも東京のほうが絶対に良いだろうと思って出てきた。

時が経つと、地元で友人が店を始めて、「もう俺がやる場所ないな。どこでやろうかな」と考えるようになった。ちょうどその頃、ゴールドフィッシュが自転車屋と一緒にやっていて、「自分もそんな感じでできたらいいな。スケート一本は大変そうだし」と。

その後、「Qucon(キューコン:スケートショップ)」で働くことになったんだけど、自分はローカルなショップが好きだから、ちょっと違うなという感覚はあったけど、スケートショップではあるし、仕事自体は続けられた。

一方で、自転車熱はどんどん高まって、暇さえあればメルカリやヤフオクで「安くて良いパーツないかな」と探して、見つけたら買ってストックしていた。キューコンが閉店になって、その後は雑用みたいな仕事をしていたけれど、「自分は雑用をするために来たわけじゃないな」と思って辞めた。

ちょうどそのタイミングで、「勢いでオンラインショップを始めよう」と思い立ったのがスタート。



じゃあ、「GINO(ギノウ)」の始まりはオンラインショップからだったんですね。


 最初は「スケートも一緒に置けたら」と思っていたけれど、今はもう全然考えていない。




取り扱う自転車について


ヒッピーが山を下ったり、自転車が思ったよりスポーティではなくスケートに近いという話でしたが、ギノウではどんな自転車を扱っていますか?


 基本は「古いマウンテンバイク」。その中でも年代で好みが分かれるけれど、自分はより古いほう、つまり一大ムーブメントになる直前の1980年代初頭が好き。

日本では1982年頃に最初の大量生産のマウンテンバイクが発売されたけれど、当時はウェブもなく雑誌だけの時代で、そんなに簡単には売れない。ブームになったのは1990年頃。だから流行る前の時期の個体が結構好き。数が少なくてレアだしね。

アメリカでは80年頃から販売が始まって台数も多かったけれど、日本は少なかった。ヒッピーたちがビーチクルーザーを改造して山を下った「クランカー」と呼ばれる自転車に近い年代、80年代初頭のものが特に好み。

とはいえ、それだけでは商売にならないから、90年代のものも含めて幅広く扱っている。







90年代に人気が爆発した車体と、80年代の車体は何が違いますか?


 全然違う。80年代のマウンテンバイクは、ロードやピストに太いタイヤを履かせたような形。90年代になると、だんだん今のマウンテンバイクに近づいていく。

フレームの角度が変わり、乗り方もどんどん激しくなった。激しく乗るにはサドルを下げないと、ペダルに立った時に当たるし、ロードのような前傾で坂を下ると後輪が滑って走れない。だから自然と後ろ重心に変化していった。今のマウンテンバイクは、真っ直ぐ乗るだけで重心がリア上に来る感じ。

昔は重心が前後ホイールの中間くらい。93年頃からサスペンションも出始めて、現在の形に近づいていった。




お客さんとパーツ選び


お店ではそういうテイストで仕入れているけれど、お客さんも同じものを求めて来ますか?


 今は、古いフレームに現行の新しいパーツを使って組む人が多い。単純に安いという理由もある。もちろん、全部当時のパーツで組みたい人もいれば、新品で組みたい人もいる。新しいパーツで組む人のほうが多いけど、古いパーツ好きの人もいるから、新旧どちらも扱っている。

ただ、誰にでも古いパーツを勧めるわけではない。新しいもののほうが調子が良いし、在庫も無くなりにくい。こだわりのない人に古いパーツを付けて、雨ざらしで放置されてダメになったら、ヴィンテージパーツが1つ消える。もったいない。だから「どっちでもいい」という人には積極的に新しいパーツをおすすめする。

本当に好きな人には古いパーツも含めていろいろ提案するし、興味を持ち始めた人には、まずは新しい構成で試してもらって、そこから提案を重ねていく。




「NIGHT RIDE」について


定期的な交流会「NIGHT RIDE(ナイトライド)」は、どんなきっかけで始めたんですか?


 きっかけというほどではないけれど、ロードバイクの店みたいに走行会やチームがあるのは普通だと思っていて。だけど、都内の有名店でも、お客さんを大勢巻き込むライドはあまりやっていない印象がある。

オフロードを走れる自転車を多く売っているのに、「オフロード行ったことないです」という人が多い。せっかく持っているのにもったいないよね。スケボー持っているのに「パーク行ったことないです」というのと同じで、「行けよ!」ってなる(笑)。

でも、自転車のオフロードは、どこに行けばいいのか分かりづらい。自分で開拓するには相当な熱量が必要。スケートパークみたいに自然と集まる場所もないし、チャリは個々で動くから、仲良くなる接点が少ない。

だから、お店として走る機会を作れば、そこでつながれる。自転車好き同士が仲良くなってコミュニティが広がれば、シーンも盛り上がる。全員がバラバラだと、やっぱり盛り上がらないから。







これからについて


もちろん、まだ完成形ではないと思いますが、今後この店をどうしていきたいですか?


 どうなるんですかね(笑)。でも、今は店が狭すぎるから広くしたい。もっと気軽に入れる感じに。自転車が1台入ると身動き取れないこともあるし、「最初は入りづらかった」という声もある。

遠くに移りたいわけではなく、ローカルな感じで続けたい。近所の人がママチャリのパンク修理で来てくれることも多いし、ローカルな商売として調子が良い。ありがたいことに、周りは塩対応の店が多くて(店主がすごく無愛想だったりする)、比較されてうちに来てくれる。近くに3軒くらいあるけど、どこも愛想が悪いんだよね。

実際、古いパーツを探しに行っても冷たくされることがある。外からアクセサリーが見えたから「見てもいいですか?」と聞いたら、最初から感じが悪かったり、「それ売り物じゃない」と言われたり。「じゃあ何のために置いてあるんですか?」って、ちょっとイラッとする。Googleマップの口コミでも「星1つも付けたくない」と書かれていたり。

自転車業界にはそういう店が結構あって、冷やかしが嫌なのかもしれないけど、買うと言っても「もういい、帰って」とか。古い完成車やパーツが並んでいるのに全然売れていない店で、「10分経ったから帰って」と言われたこともある。

足しげく通って少しずつ買っていた店でも「もう来ないで。パーツが無くなるから」と言われたりして。でも「売れてないから残ってたんじゃん。俺が買うから新しいの仕入れたらいいでしょ」と思うわけ。古いだけで売れないものを抱えるより、今の良いものを回したほうが絶対良いのに。

なんというか、頭が固い人が多い印象。本当に愛想が悪いところは、正直むかつく(笑)。だからこそ、うちはきちんと人とつながれる店でありたいと思ってる。








MINDFIELD : 003 NOBORU HINO

筆者/水田准

写真/前川翔平

取材/2025.08.07

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